目の前の少女が広げるコンピューターの中身は何が打ち込まれているのか分からない。 分かるのは、自分が知らない専門知識の域に到達し、 ちょっとやそっとの説明では皆目検討もつかないだろうと言う事だけだ。 折角今日は休日だと言うのに仕事ばかりをするを一瞥したイザークは、 そろそろ温くなってきたコーヒーをこれ見よがしにグイッと一気に飲み干した。



『あ、』

呆れ顔のイザークに気づいたのだろうか。 始終コンピュータと睨めっこをしていたは、 一息つく為に顔を上げ見えたアイスブルーの瞳にほぼ反射的な小さい声を零した。 ひたすら冷ややかで怜悧な顔をしているイザークにの顔は少々歪み、 「しまった」と書かれた表情へと変わる。 今日中に提出の書類を纏めたくてつい没頭してしまったのだが、 イザークの色の無い表情には今初めて気づいた。

『お、怒ってます・・・?』
『は?』

はコンピューター越しに顔を半分隠しながらイザークを伺い見る。 その表情と言ったら捨てられた子犬のような顔つきでカワイイと言えない事も無くもない。 イザークは仕事にばかり精を尽くすを突いてやろうと思った尖った唇を引き締めると、 低く静かな声を出した。

『・・・別に俺は怒ってなどいない』
『本当に?』
『ああ。休日まで仕事をさせる軍には些か腹は立つがな』

イザークは溜息混じりに顔を上げた。 こんなにも物事に対し真摯に向かうを、自分は随分前から知っているのだから仕方ない。 諦めがつくほどが「必ず」仕事をこなす性格だと十分過ぎるほど分かっているのも悲しい気もするが。 けれど、本来なら個人的に誘うこの休日の采配を断られる可能性のが高いのだ。 一緒に居てくれる今の時間を融通してしてくれたのなら、「これ以上」、 と言った我侭な状況など言ってられない。

『・・・俺の事より先ずはこの注文品を食べたらどうだ?そろそろ溶けてきている』

気まずそうに伺うへイザークは顎を動かすだけで反応する。 この店へ来た時にイザークのコーヒーと共に注文したストロベリーパフェが溶け始め、 立派に作り上げられた山が軽く傾いていた。

『あ、ああ!頂きますッ・・・!』

カチャリ、が勢い良く手に取ったスプーンが隣に並べてあったフォークにぶつかり高い音を鳴らせる。 怒られやしないかと、またもイザークを盗み見るミキの慌てた動きが子供染みていて、 仏頂面だったイザークの顔からフッと笑みが漏れた。 穏やかな顔つきに安心したのか、は目の前のパフェを見てニッコリ笑うと、 スプーンいっぱいに苺とクリームを乗せてほお張る。

『甘〜い』

語尾にハートマークでもついていそうなほど楽観的で女の子らしい声。
との温度差を持っていたイザークは頬杖をつきながら見やる。

『そりゃ甘いもん食ってんだから甘いだろう』
『む。そうですけど・・・。あ、イザークは要りませんか?』
『・・・見てるだけで腹いっぱいだ』
『ほら、一口どうですか?美味しいですよ?』
『だから見てるだけで良いと―・・・』
『はい、イザーク』

視覚だけで甘さが伝わってくるパフェから視一時的に視線を逸らしていたイザークだったが、 を再度見るとイザークの瞳は瞬くことを忘れて大きく開く。 突然の不意打ち。スプーンにパフェを一口分乗せたミキは、 差し出す向こうで「ほら、アーン」と満面の笑顔を浮かべ細い首を傾げた。

何て事だ。は何度も自分の度肝を抜いてきた女だとちゃんと認識していても、これだ。 時々ふとした時に、屈託の無い可愛らしい笑顔を躊躇いもせずこちらに向け、 養ってきた知識の先を行ってしまう。 これで自分以外の男までもがその笑顔に胸を高鳴らせているのだから、 手遅れになる前に早く自覚して貰えないだろうか。悪戯に傷つく男は、自分だけにしたいものだ。



『・・・本当に・・・』

呆れ顔で見ていても一向に下がらないの手を見て、 いい加減諦めたイザークは盛大な溜息を吐いた後、カタリと席を鳴らしテーブルに手をついた。 そして少しだけへと身体を近づけて差し出されたスプーンへと口を運ぶ。

『ね?美味しいでしょう?イザーク』
『げ・・・甘・・・』
『甘いもん食べてますからね。ふふふ』
『貴様は・・・』

甘ったるい感覚が舌を覆い自然と眉を寄せたイザークだったが、 の満足そうな顔を見て凛々しい眉がこれまた自然に下がる。 そんなにも楽しそうに、嬉しそうに笑われたら、文句を兼ねた言葉なんて出てきやしない。 ただただこちらも同じような笑顔が浮かんで来るだけだ。



『この仕事もう直ぐ終わりますけど、この後どうしましょうか?』
『・・・貴様のしたい事を言え』
『じゃあ何処かで美味しいものが食べたいです』
『・・・まだ食う気か』

フン、と鼻を鳴らしてイザークはまたも頬杖をついた。 頬を支える手には顔の熱さが伝わり、逆に手の温度の方が低く気持ち良い。 見える顔が赤くなっていないか誤魔化すように咳払いをすると、口を尖らせたが視界に入る。

『だって、いつも軍のご飯だから出かけた休日くらいは外で食べたいんです。 そう言えばこの前テレビで夜景が綺麗なレストランやってたんですよね』
『夜景?お前、そんなものに興味あるのか。女みたいだな』

いや、自分の目には明らかに女として映っているのだが、 普段のは作業服にコンピューター、工具やMSがバックに見えるイメージがあって、 思わずイザークの口をついた。

『・・・知ってたけどイザークって失礼ですよね』
『・・・お前も十分失礼だぞ』

そう言ってイザークは水を運ぶ。 熱くなった自分を冷ますように、そしてまだ舌に残る甘ったるい感覚を流し込もうと一気に。すると、

『折角のデートだから、それっぽい所に行ってみたいと思ったのに』
『ブッ・・・!!』

があんまりにも普通に言うものだから噴出してしまうところだった。 あともう少しのところで懸命に留めたイザークは、逆流した水を喉の奥へ押し込み、 そのせいで出た咳を手で覆い消す。 イザークの反応に「大丈夫ですか?」、と聞いただが、 きょとんとした表情は自分のせいでそんな反応をしただなんて微塵も思っていないのだろう。 差し出したハンカチをほぼ無理矢理受け取らせると、心配そうに席に着く。

『ちょっと咽ただけだ。・・・心配するくらいなら早く仕事終わらせろ』
『は、はい。では、あと少しなので頑張って終わらせます!』
『ああ、頑張れ』

受け取ったハンカチを口元に当てれば、ふんわりとの香りがした。 チラリと本人に気づかぬよう見れば、 一変真摯な顔つきに変わりコンピューターへと向かっている。

その表情がただ仕事の為ではなくて、 自分と過ごす時間を作る為なのだと思ったら段々と胸に込み上げるものがあった。 嬉しさに優しく目を細めたイザークは、意気込んだの言葉に同じ言葉で返す。 何の捻りも無かったけれど、きっとそうした方が一番彼女に伝わるのではないかと思ったから。


相変わらず向かいに座る相手は仕事に没頭だ。けれど、そんな事はもうどうでも良かった。 彼女が見せるその綺麗な表情が自分の為だと思ったら言葉に出来ないほどの歓喜で、 イザークはただただ時間を忘れて魅入っていたいと思った。




    


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