『・・・わっ!!』

クルーゼ隊に配属され幾月が経ち、 そろそろ自分の仕事に慣れたは忙しく日々を過ごすクルーゼの力になれればと協力の日々を送っていた。 今日も自分の仕事が片付いた彼女は彼の手助けになればと山のような資料ファイルを持ち、廊下を駆ける。

軽快な足音は静かな廊下の中を微かに木霊する。 急いでいたは曲がり角に差し掛かったが勢いよく走っていた為、 出会いがしらに擦れ違った相手と肩がコツリとぶつかった。

『あああ!!』

が叫んだのも束の間、器用に重ねられていたファイルがふわりと一度跳ね上がり、 不規則な方向へと各々散らばる。 静かな廊下にはバサバサと乾いた音が続きに鳴り、 ただ肩を竦める事しか出来なかったは頬にひんやりとした汗を感じながらそれを眺めていた。

『あらら・・・』

顰めた瞳で見る景色は、正直面倒な色に染められている。 山のように積んでいただけはあって、一度飛んだファイル等は広く廊下を占領していた。 分厚いファイルから一枚に書類に至るまで、広がれるだけ広がっている。
は溜息を零すと眺め見る一部に、黒いブーツが映っているのに気づいた。

『・・・大丈夫かね?』
『クルーゼ隊長・・・ッ!肩・・・すいません!!』

その足を辿り、すらりとした身体を眺めながら金の髪揺らめく顔へ視線を上げれば、 そこには力になれないかと日頃思い願っていた彼が立っていた。 ぶつかった相手がまさかクルーゼと思っていなかったは 少しだけひっくり返った声を隠すように咳払いをして誤魔化す。 行き先に困った視線を落とせば足元を埋める資料の数が視界に入り、ぶちまけてしまったのを思い出した。

『あのッ!今拾いますから・・・ッ!』

が慌てて身を屈め、ファイルを取る。 クルーゼも同じようにしゃがみ、手伝おうと手を伸ばした瞬間、丁度二人の手が重なった。

『うあっ・・・!』

はそっと触られたクルーゼの手の優しさに驚いて声を上げた。 別に白いグローブで包まれた手は自分の手を握ってくれたんじゃなくて、 ただファイルを拾おうと手伝ってくれただけなのに、 あんまりにもそっと、そぅっと触れたものだから、 どうにかなってしまったんじゃないかと言うほど胸に響いてしまった。

?どうした?』
『・・・い、いえ、何でも・・・』

段々と顔が熱くなっていき、それと共に鳴る心臓が心拍数を早める。 けれど目の前の仮面の男はさらりとした顔をしてそれを知っているのかいないのか。 ただ当たり前の顔をして一つ一つを拾っていく表情は、今の接触を気にも留めていない気がした。

『何でもありませんっ・・・!』

いつも優しく大事に接してくれるクルーゼは自分を「特別」だと言ってくれてはいた。 それなら同じようにクルーゼを「特別」だと思う自分も言葉で表す以外に何か出来ないかと考えていた。 だから仕事を手伝い、彼が休める時間を作ったりと懸命にしてきたつもりだ。 休日も我侭を言わず、彼が存分に眠れるように図った。 でも、彼は他の誰とも自分を同じように接して「特別」な位置が何処を指すのか、時々良く分からなくなる。

『何を怒っているのかね?』

ただ鈍い、だけなのかもしれない。 けれどそれよりも気持ちが先立ってしまったは、
膝のついた床を見ながらクルーゼの問いに振り絞るような声で答えた。

『・・・いつも私ばっかりドキドキしている気がします』

「はて、」と首を傾げるクルーゼは、やっぱり鈍いんだ。 それともマイペースと言ったら適切なのだろうか、 が言った言葉に該当する要素が見つかっていないらしく暫し沈黙してそれを考えていた。

『・・・正直、隊長が何を考えて居るのか分かりません』
『私は思った事を口にしているまでだが・・・』
『ほら、そうやってすぐ大人ぶる。だから―』
『では、どうしたら君に分かってもらえる?』

「それがマイペースって言うんだ」、はそう呟く。 人が話しているのを聞く気があるんだろうが、最後まで聞かない自由なタイミングはその確信すら曖昧にさせる。

『・・・じゃあ、キスして下さい。ちゃんと、私が好きだって言いながら』
・・・』

ふっと、一瞬笑ったかのように見えた。 でもそれは呆れたのではなく嘲たのでもなく、ただ純粋に毀たれた笑みだがは分かっただろうか。 こんなにも等身大で自分を好いているのだと言ってくれる女性は、 きっともう二度と出会えない事だろうとクルーゼだって良く分かっている。 不安にさせせてしまった事をこんな事で綺麗に拭えるとは思っていないが、彼女が望むなら。 そうだ、言葉で大事だと伝えても分からないなら、態度で示すだけだ。―とても分かり易く、単純で良い。

『・・・私には、君だけだ』

クルーゼが動いたことで周りに落ちたファイルがカタ、と鳴ったが、 降ってくる金の髪だけを見ていたの耳には届かない。 彼女はただただゆるやかに、煌めく瞳を閉じた。



『すき、だよ』



本当は知っている。誰よりも素直で誰よりも真っ直ぐだって事。
ただ表現方法が彼ならではだったから、分かり易くして貰いたくてただ甘えていたのだ。

 ― ほら、だって今耳に聞こえるこんなにも艶やかな声は、自分だけのもの ―




       


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