『お、おい・・・???』

イザークはうろたえていた。 どうしてかはポカリと口を開くだけで、名を呼んでも返答の「へ」の字も無い。 止まってしまった彼女の表情から思考の動きは全く読めず、 同じように口を開いたイザークも、どうして良いのか分からず何も出来なかった。

「どうしてこうなった?」「思い出せ」イザークは自分の口走った言葉を回想していた。 透き通るようなアイスブルーの瞳は上下左右と何処とも無く彷徨い、 整った眉を寄せ、饒舌な口を固く結ぶ。 蒼穹の空も、肌を掠め撫ぜる心地の良い風も、 さわさわと鳴る木々も今の二人の視界には入っていない。 ただ、ベンチのひんやりとした感触だけが、此処に居るイザークの気持ちに似ている気がした。

― 此処に来たのはどうしてだったっけ、そうだ ―

秘書官になって慌しい日々を送っているとなかなか時間が合わなくなったイザークが がこの木陰のベンチに腰掛けているのを見つけたのが始まりだった。


『―こんなところで、何をしている?』

サク、と芝生を鳴らせたイザークは、 ベンチに座り分厚いにも程がある本を開いているへ声をかけた。 彼女は真剣にページを捲り見入っていて 本当は2、3度声をかけたのだが振り向かれずイザークには半ば苛立ちが芽生えていた。

『イ、イザーク』

腕を組み目の前に立つイザークに気づいたは、 鋭くも呆れたイザークの目に貫かれビクリと肩を震わせる。

『何をって、勉強だけど・・・』

が此処で勉強するのは、最近日課になっているかもしれない。 穏やかなこの場所は、風の音や鳥の声、近くにある川の流れる音や木々のざわめく音しか聞こえない。 何かを集中してするにはとても適した場所だ。オマケに座り心地の良いベンチまである。 それなのにあまり知られていないのか、とイザーク以外の人物が此処に来た事は無かった。 は普段通り一人っきりと言う贅沢を味わいながら勉強をしていた。

『勉強なら宿舎ですれば良いだろうが。あそこなら資料だって個室だって沢山ある』
『室内に缶詰ってのもなんか息苦しくて』
『お前がこんな所にいるから、俺は随分探したんだぞ』
『―は?』

のほほんと答えたとは反対に、イザークは些か怪訝そうな顔で返答する。 腕を組み見下ろされる形になっていた為、イザークの圧迫感はいつもより重く感じた。

『リストウォッチも持たないで出たら連絡つかないだろうが』
『ちょ、イザーク?』
『何処か行くなら俺に一言―・・・』
『ちょ、ちょっと待ってよ、イザーク!』

ずい、と迫るように苛立ちをぶつけてきたイザークの前に自分の手を掲げ、 はポンポンと投げかけられる言葉を止める為に慌てて声を出した。 何で此処まで怒っているのか分からないし、怒られる理由も分からない。

『何で怒ってんの?』
『だからお前が何も言わずに部屋を出るからだ』
『私がイザークにいちいち何か言って出かけなきゃならないの?』
『当たり前だろ』
『何でよ』
『は?そんなの、俺がお前を好きだからだろうが』
『・・・え?』



― と。そうだった、勢いでつい口走ってしまったんだった ―



『・・・

イザークは首を傾げ、呆けているの顔を覗き込んだ。 散々捜し歩いた後に声をかけても振り向かれなかったから思わず気持ちのままに口にしてしまったけど、 本当はこんな事言うつもりなんて更々なかった。にこんな顔、させるつもりじゃなかった。

『お、おい・・・』
『今なんて・・・?』
『何てって、お前・・・』
『今、なんて言ったの・・・?』

やっと口だけでも動かしてくれたと思ったら、意味が分かっていないのかは首を傾げる。

『す、好きだと言った。お前が』
『誰が?』
『俺が、』
『誰を?』
『だ、だからお前だって!』

自分でも感じる戸惑いを抑え振絞り伝えた言葉なのに、変わらず呆けた顔をしたにはどうやら理解出来ていないらしい。 イザークは頭をかいて溜息を零した。そりゃ、こんな気持ちを抱えて一生過ごすわけにもいかないし、 いつかは告白をするつもりでいたけれど、まさかこんな形になるなんて自分でも思ってなかった。 予想外なのはこっちだって同じだ。だからどう伝えて良いのか、いまいち良く分からない。

『・・・ウソ・・・』

―でも、そうでもないようだ。段々と熱を帯びたの顔はいつの間にか赤く染まっている。

『さ、さっき怒ってたじゃない!?』
『それはお前が何度と声をかけても気づかないからで・・・』
『じゃあ、じゃあ、いざーくはわたしのなにがすきなのよ・・・っ!?』

やっとの事で理解したのか、喉奥から出た震える声は混乱を表していた。 余りにも真っ赤で、うろたえる顔は可愛い―じゃなくて、 イザークにも伝染させ双方の熱は同じくらいになったように見える。

『な、何って、そりゃ、そうやってちゃんと勉強をする真面目なところとか、 繊細なところとか、・・・声、とか・・・』
『え?』
『お前の綺麗な声も、全部、全部好きだ』
『・・・う、うそ、だって、イザークだよ?』
『だから何でそうなるっ!』

突然上げられた声には身体を強張らせた。 けれどそれはあんまりにも真剣な瞳過ぎたからで、決して怖いとか嫌悪感を抱いたとかじゃなくて。

『"俺が”、好きだと言っているんだ』
『・・・あ、うん、そう・・・なんだ・・・』

はそれ以上の言葉を紡げない。 けれどまだまだ熱を帯びている顔は、言葉にしなくても分かる答えのようにイザークには見えた。
あいしています あいしています

あいはきみのため、ここにあります



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