『朝礼ってのは面倒だね。堅苦しくて仕方が無い』
『仕方ないだろう。今日は記念式典なんだ』

ディアッカが盛大な欠伸とともにぐったりとした口調で人目を憚らず不平を声にするのを、 無表情のイザークが制する。今日はジブラルタル基地建設一周年記念式典で朝から背筋を伸ばして行動し、 何度となく敬礼をしてきた彼等は同じ事の繰り返しに飽き飽きしていた。 休憩がてらラウンジへ向かうディアッカは肩を並べるイザークの言葉も聞かずやっと午前の部が終わったと背伸びをした。

記念式典と言えど組み込まれた内容はお偉いさんの長ったらしい話とくだらない余興だ。 観閲行進、MS模擬戦など兵士に与えられた役割もあったが、 エリートと謳われる彼等が余興なんてものをする事は無く、与えられた仕事と言えば用意された席にお行儀よく座っているだけ。

正直イザークも午前中だけで途方もない疲労を感じたが、 だからと言ってディアッカのようにつまらないと口に出すほど子供でもない。 金の髪をかき上げた同僚を形だけでも窘めると首を鳴らして溜息を洩らした。

『ね、アスラン。これからだったら一時間は空いてますよね?』
『そうだな。少し腹に何か入れておこう。イザークとディアッカも何か食べるだろ?』

二人の後ろを歩いていたニコルとアスランがのほほんとした雰囲気を出して会話をしていた。 彼らにとって堅苦しい記念式典もイベントのうちなのか、にこやかな笑顔が飛んで来る。

『そうだな。俺、腹減っちゃったよー』
『混んでなければ良いけどな』

そう答えたイザークの予想通り、四人がラウンジに足を踏み入れた頃には既に休憩に入った兵士で溢れかえっていた。 集まって来たジブラルタルの陸上兵だけでなく、水兵、飛行兵、機関兵、工作兵、軍楽兵、主計兵、看護兵、整備兵。

宇宙からではなく地球の兵士も居れば、勿論見た事の無い顔ぶればかりだが、 広いラウンジの中を見回すイザークは無意識にある人物を探していた。朝からずっと会う事が叶わなかった彼女に会えれば、 いや、一目垣間見るだけでも良い。少しでも視線を彼女に寄せられればつまらない時間も悪くないように思えるんじゃないかと。

『あ、さんだ』

しかし、先に意中の彼女を見つけたのはイザークでは無くニコル。 微かな舌打ちをした後にニコルの視線の先を追えば、 ラウンジに来てまで何をしているのだろうと思うほど真剣な顔で小型コンピューターを見ているが居た。

ちゃんも今日は制服なんだ』

テーブルの一角を使ってただ規則的にキーボードを打つの恰好はいつも見ているものと違う。ディアッカが「へぇ」と口の端を上げてにやりと笑った。

『・・・本当だ』

一歩後ろを歩いていたアスランは、ぽかりと口を開けてディアッカの言葉に答えた。 勿論整備兵が整備服で式に出るわけではない。 入隊の時に一般兵用の軍服が支給されているが、式などの特別な行事の場合しか着用する事は無い為、が整備服では無く制服を着ている姿を見るのはアスランだけでなく誰もが初めてだった。

『・・・何か、いつもよりずっと大人っぽいですね』
『・・・そうか?』

イザークがニコルの柔らかい声に気付くと、ニコルは大きな瞳を細めてを見ている。自分の意中の相手が褒められるのは嬉しいが、ニコルの煌めいた表情は何処か面白くない。 本当は自分も頷きたいところだったが肯定してしまうと面倒な事になりそうだと素っ気なく返したその時。

『・・・可愛い』

もっと面倒な相手が頬を染めてを見ていた。

『可愛くないだろ、あんな女』
『え、あ、いや・・・』

アスランは無意識に口にしていた事を、イザークの尖った声に気付いたらしい。 口をついた驚きに、もごもごと口を籠らせて誤魔化そうとするが口下手な彼には容易くはない。それがまたイザークの気を突き、面白くないに拍車をかける。

『よ、ちゃん!』

そんなこんなをしていると颯爽とのもとへ歩み寄ったディアッカが、にやにやと小型コンピューターを覗き込んでいた。

『ああ、皆さん、お疲れ様です』

作業に夢中になっていたらしく、熱いお茶がテーブルに運ばれたばかりのようだが全く手を付けていない。 それにもう一つ、これは自分で持って来たのだろうか、 溶け始めた氷の入ったグラスがカラリ、と音を立て時間の経過を教えてくれていた。 は声をかけられるまで気が付かなかったのか、 自分のテーブルの周りを赤服の彼等が囲んでいる事に驚いた顔をした後、口を開いた。

『お疲れ、疲れて無い?』
『はい。私は端の方で立っているだけでしたから。アスランは?』
『俺も、ただ座ってただけだから』

アスランはの隣にそっと腰かけた。何食わぬ顔して座ったが、イザークはカチンと何かを感じ、 負けんとばかりにもう一つの隣に座る。

『で、貴様は何してたんだ?こんな休憩の時間まで』
『デュ、デュエルのプロセスを見直してました。もともとイザークの能力で補えるのですが、 アサルトシュラウドを装着した事によってより回線が複雑になりましたから0.0001秒でも円滑に動けるように出来たらなぁと思いまして。戦闘ではそれが命取りになりますから』

アスランに負けじと思った行動なのだが、思ったように反映する事は無く、ズィ、 と聞きこむイザークの気迫にはそっと後退する。

『なので、リユーザブルの設定を再構築して・・・』

最初はイザーク相手に苦笑いを浮かべていただったが、機体の説明をしているうちにどんどんと真顔に変わっていく。 そして優秀な彼等すら聞いた事の無い専門的用語を口にし始めると、アスラン、ニコル、ディアッカも真剣な顔をして耳にしようと身体を前に起こす。



イザークはそれを見て、小さな溜息を吐く。

―まったく、何て顔をするんだ。いつもはのほほんと、 それでいてぽやんとした女なのにこう言う話をする時だけは大人の女の顔をするなんて。 しかも今日は見慣れない制服を着こなし更に凛として、紡がれる説明は淡々として心地よく耳に入り、 意識はいつしかへと移行していく。

綺麗にまとめた髪と、襟まできっちり閉めた制服。触れてしまいたくなるような頬に、 好きな事を語っている時の喜々と輝く瞳、それを飾る以外と長い睫毛。そして、視線がピタリと止まったのは絶え間なく動く、柔らかそうな唇。

『イザーク?』
『ぅおっ!!』

相槌一つも打つ事を忘れて魅入って居たイザークに気付いたが、「どうしました?」と首を傾げた。顔を覗き込むように見る顔はその、 何と言うか、耳朶まで白く、綺麗だ。

しかし間抜けにも呆けて見ていた事をだけじゃなく、向こう側で首をかしげているアスランや、 向かいに座るニコルやディアッカにも気付かれたくないとイザークは慌てて言葉を探した。

『な、何でもない。ただ、・・・好きなんだな、と思って・・・』
『ああ・・・!そうですね。私、こう言うの・・・』

はパタリとコンピューターを閉じる。 そして、これ以上は会話の妨げになるだろうと思ったのかテーブルの奥へと少し押して。

『好きです』

と、はっきりと言い切った。思わずイザークは真っ直ぐに返って来た言葉に息を呑む。

「 好きです 」

別に自分に言われたわけじゃない。
だけれどもこんなにはっきとした彼女の言葉が耳に入って、戸惑わない男が居るだろうか。
しかし。



『熱ッ・・・!!』

イザークのとろんとした思考は、味わう事無く当人、の声に遮られた。お茶のカップに手を出せば、 熱せられていた事も忘れ熱を持った部分を直に触ってしまったらしい。 カチャンと手から離れたカップはソーサーの上で一度跳ね、飛んだ滴はの手の甲へと降った。

『アツ、アツ、アツッ・・・!』
『大丈夫か!?』
さんっ』
『うぁっ、見てるこっちがアチィ』

手をブンブンと振るの手の一部分は赤くなっている。 ニコルとディアッカが身を乗り出し、 アスランが手を取り様子を見れば火傷、とまではいかないが暫く痛みが襲う事だろうと眉を下げた。

『・・・ったく』

イザークはアスランの手からの手を引き、自分の方へ寄せる。 そして制服のポケットの中からハンカチを取り出し、グラスの中の氷を入れて火傷した部分にあてた。

『冷やせばそのうち痛みも引くだろう』
『・・・すみません』

氷よりも冷やかな声をかけられ、は項垂れて礼を言う。
すると、向かいのニコルがくすくすと笑い始めた。

『ふふ。やっぱりいつものさんだ。制服姿、大人に見えたんですけどね』
『制服姿見たら俺らより大人って感じしてるもんなー』
『大人?本当ですか?えへへ』

続くディアッカの言葉にも、にへら、と照れたように笑う。 しかし今の言われようや普段の扱いがどうだか、分かって笑っているのか。 能天気な会話に、イザークは嘆息した。本人が喜んでるなら良いのだが、でも。

『こう言うところは全ッッッ然大人じゃないけどなッ・・・』
『・・・すみません・・・』

イザークの、それはもう棘のような刺々しい口調には眉を下げて笑い、心配風が胸を吹く。 こうも間の抜けた、ほおっておけない女にいつ、誰かが「俺が傍に居てやらないと」と思うか分からない。 どうしてか気になってしまうのは、自分だけじゃない筈だ。だって、実際自分だっていつの間にか想いを寄せてるんだ。

『俺、薬貰って来るよ』
『有難う御座います。アスラン』
『僕も、もう少し氷必要でしょう?』
『ニコル、・・・すいません』

カタリと椅子を鳴らしたアスランとニコルを見て、イザークは舌打ちをした。 ほら、こんな風に面倒な虫の存在に気が付いてからじゃ遅いのだ、と。

『いつか・・・』
『え?』
『いつか、なってやるさ』
『え?え?何に?』

急に独り言を呟くイザークの顔を、もう一度言ってと覗き込む。
やっぱり悔しくも可愛い顔に、イザークの手に力が籠った。

『五月蠅い。黙ってろ』
『イタタタッ、イザーク!手、力!痛いです!』

どうせ今気持ちを伝えたところで芳しい答えが返ってくるとは思えない。 幾ら見た目や年齢が大人と言え、が何処か抜けている事には変わりないのだから。だけど、だからと言って諦めてやらない。
だから、いつかなってやる。



いつか いつか きみの、いちばんに


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