≫After story03 秘めても押さえても 膨らむ恋心 (09.11.03)


アスランがオーブ本島の内閣府官邸でカガリのボディーガードとしての生活にやっと慣れた頃、 プラントに帰ったディアッカからメールがあった。 私用のコンピューターは仕事以外では余り触れないものだったが、 久しぶりにゆったりと腰掛けながらメールを読み始めると、次第にアスランの顔つきはやんわりとしたものに変わっていく。 プラントに居るディアッカはイザーク同様、戦争当時の刑が活躍により軽減され、ほぼ心配の無い結果になったようだ。 けれど"結果、赤服は剥奪"。それでもそれを「俺ってラッキーだ」、と一笑するメールはディアッカらしい。

ただの簡素な文字でこちらまで笑顔にさせるのは、離れていても変わらない彼等が宇宙に存在していてくれると言う事実。



『アスラン、今良いか?』

解れた顔でメールを読み続けていると、手に包みを持ったカガリがそっとドアを開け部屋を覗き込む。 アスランは何か用事か、とパタリとコンピューターを閉じ、その場から立ち上がり中へ入ろうとしないカガリを出迎えようとドアへ向かった。 そこで、アスランはピタリと足を止める。

『やあ、アスラン』

カガリの後ろからひょっこりと現れたのはキラ。 変わらない穏やかな笑顔で、優しい薄紫の瞳で、ポカリと口を開いたアスランへとヒラヒラ手を振った。



◆My love story -after story03-◆



『へぇ、で?お前ちゃんと子供の面倒見れてんのかよ?』
『うん。皆で楽しくやってるよ』

カガリが持ってきた包みには、作りたてのクッキーが入っていた。 まだ温かくサクリとした食感、甘すぎず紅茶に合い美味しい。 三人はテーブルを囲んでそれらを消化しながら笑顔を向け合う。

戦後、ラクスと共にオーブへ渡ったキラは近海の島でマルキオ導師や孤児達と共に隠居生活を送っていた。 其処にはマリューやバルトフェルド、母カリダも居る。 彼等はもう力を必要とする世界に帰らなかった。世界が変わったのなら、もう刃を持つ必要は無いからだ。 ただただ、平穏な場所で孤児や戦争で戦いに明け暮れたキラの心を癒すように毎日を過ごしていた。

『そうか。お前らしいな』

アスランは紅茶のカップを傾けて微笑んだ。色々とあった間柄の旧友だが、根本的なところは変わっていないらしい。 むしろ更に落ち着きを豊かにし、優しさを増したのではないかと思うほどだ。 少し熱い紅茶が喉を通り過ぎ気のままに感心していると、キラは首を傾げてアスランを覗き込む。

『・・・アスランはプラントに帰らなくても良いの?』

キラの言葉に一瞬だけ、アスランの動きが止まる。 キラは議長がギルバード・デュランダルに変わった今、パトリック・ザラ前議長の息子だとしても戦争中の行為も、 イザークやディアッカのようにそう咎められないんじゃないだろうかと考えているのだろう。 確かに、きっとキラが考えるようであって、重い罪を背負うことなくプラントへ戻れる確立の方が高い。

しかし、もうアスランには昔のようにザフトで己の思いを通したいとは考えられない。 信じてきた父親の言葉も、ずっと持っていた信念も、新しい考えに打ち砕かれた今、あの制服は二度と着れない。 仲間を捨て故郷を捨て、何よりと離れてまで自分が選んだこの場所でちゃんと結果を出したい。

『俺は良いんだよ。・・・此処に居たい』

そんな思いを込めてアスランは瞳を閉じて答えた。これからの世界の為に此処で自分がしたい事、しなければならない事は沢山ある。

『・・・でも、に会いたいんでしょ?』

そんなアスランの思考を遮るようにキラが目を細めてアスランを見る。 アスランが顔を上げるとキラは頬杖をついて、「違う?」と、少しだけ首を傾げた。

『俺は・・・』

キラを一度見たあと、アスランは手に持つ紅茶のカップに視線を落とした。 水面は太陽の光りを見事に反射し、ソーサーに置いた振動で穏やかに揺らめく。 それに重なるように、アスランはいつかの姿を思い出す。 髪は風に揺れ宙を舞い、ひらりひらりと花の合間を行き交う蝶のような、ただ一人の後姿を。

『あー!もうっ!!』

段々と広がる沈黙に耐えられなかったのか、カガリは天井を仰いで大きな声を出した。 暫し対面していたアスランとキラはカガリの思いもしない声量にビクリと肩を震わせる。

『アスラン!お前今度さ、プラントに行って来い!』

ガタリ、と席を立ったカガリは声の割には女の子らしい細い一指し指をアスランに向けて言い放つ。 眉間に寄ったシワは大きな瞳の凄みを増し、思わず椅子の背があるのを忘れたアスランの身体を後方へと離れさせたが、勿論それ以上は下がれない。 代わりに片手をあげてカガリの気を落ち着かせようとアスランは苦く笑って「まぁまぁ」、と手を動かした。

『い・・・、いや、いい。今は政権が変わって色々問題があるだろ。一日でも無駄に出来ないから・・・』
『確かにお前には助けられてる。でもお前にだってやりたい事沢山あるだろ?』
『それは今の問題が落ち着いたらで良い』
『そんな事言ってたら一生無理だ!国や国家間の問題はいつも現在進行形だぞ!?』

カガリが言う事は、間違っていない。アスランは返す言葉を失った。 時間が人種が文明が、変われば変わるほど何かしら問題が出てくるのは自分の父親を見ていたから分かる。 ずっと忙しく過ごしていた彼の周りはいつも問題に溢れていた。 平和であってもそうじゃなくても国を動かす者も労働者と同様、いつだって仕事が課せられる。

『・・・本当は、会うのが怖いとか思ってんじゃないのか?』
『え・・・?』

言い聞かないアスランに、溜息混じりのカガリは腕を組んで問うと、ずっと心に秘めていた事を吐き出すように、ゆっくりと言葉にした。

『お前、ヤキン・ドゥーエでに何か言っただろ?』

「私がエレベーターで先にストライク・ルージュに乗り込む前にさ」、と言ったカガリがチラリとアスランを見ると、アスランの顔は一瞬にして赤くなった。 それを見てカガリが「ほらな」と意味有り気な瞳でキラを見る。 この部屋に入る前にキラに何か吹き込んだのだろうか。カガリの視線を受け取ったキラは頷いてふっと小さく笑った。



もう二度と会えないつもりで気持ちを伝えて、それっきり彼女には会っていない。
へ口付けをした後、ヤキン・ドゥーエの司令室で見た顔はこちらにも分かるほど呆然としていて、その後どんな表情を浮かべたのかまるで想像出来ない。

困った?喜んだ?嫌だった?

― 幾ら鈍感な彼女にも、流石にあそこまですればちゃんと、伝わった筈だろうけれど ―



『どうせ答え聞くのが怖いとかそんなんだろ?』
『そ、そんな事・・・。・・・あるけど・・・』
『でもいいのかよ、会わなくて。は良い子だから色んな虫もつくだろ』
『・・・うっ・・・』

瞬時に思いつく、イザークの怜悧な顔。そして次の瞬間「虫とは失礼な物言いだな!」と言っている見慣れた顰めっ面が思いつく。 今は隊長として過ごしているそうだが、あの癇癪持ちは部下を従えちゃんとやれているのだろうか。 パイロットとしての腕は確かだが、何処かで無理をしてしまうのではないか心配だ。 まぁ、ディアッカやニコル、それにラスティも居ればきっと大丈夫だろうけれど。 そんな事を考えていると、キラは笑みを零してアスランの顔を覗く。

『会いに行ってあげたら?アスランの元気な顔が見れたら、きっと喜ぶよ』

キラの笑顔に、の笑顔が重なる。その脳裏に浮かんだ表情は自分が求めていたもの、自分が、彼女にさせたかった表情。 今、は自分が想った通りの表情で居てくれるのだろうか。銀色に輝く砂時計のもとで、絶えず笑っていてくれているのだろうか。

アスランは胸元をぐっと掴む。会いたいと想っていた気持ちがこれ以上膨れ上がるのを押さえるように。
だって、いつだって思い出すのはの、花のように咲く、色とりどりの笑顔。



『ああ・・・。そうだな。今度、プラントに行ってみるよ』

アスランは観念してようやく頷く。そしてチラリと窓の外に広がる蒼い蒼い空の、そのまた向こうへと視線を寄せた。







 * * *

好きな子と離れるってとても辛いことだけど、それでもその結果が好きな子を支えられる為なら何でもしちゃいそうなアスラン* 個人的には「自己犠牲」なイメージがあります*でも本当は言葉にしないだけでやりたいと思っている事は山ほどあるんじゃないかなぁと思って書きました*

お読み頂き有難うございました*これからも「キミトメグリアエタキセキ」をどうぞ宜しくお願いします!