≫After story いつか、僕たちが遠く離れる日までは (09.08.26)


『何処にも帰る所が無い・・・?』

頭の何処かでは分かっていた。が天涯孤独の身だって聞いたことがあったから。
実際イザーク自身が大きな問題を抱えた今、いつものような迅速な配慮は出来ない。 けれど、彼にとって彼女が安心して身を置くには何処が適切なのかが何よりも最優先の事柄だった。



◆My love story -after story-◆



ニコル、ラスティがの様子を見に来た時、イザークと同じように何も覚えていない彼女を見て言葉を失った。 きょとんとした顔はいつも見慣れたものだったのに、 瞳は純粋に彼等の「知らない」もので、自分を見る視線にニコルもラスティも戸惑った。 少しだけ先に、だが一応状況を理解したイザークが部屋の外へと動けないで居るニコルとラスティを誘い、 然程離れていない廊下へと足を運ぶ。 三人は各々壁に寄りかかり、進まない話を神妙に考えていた。

『そうですよね。ご両親は「血のバレンタイン」で亡くなったと言ってましたし・・・』
『おまけに今は無い極秘の研究所育ちだったんだっけ?』

ニコルが自分のブーツの爪先を見て話し、ラスティは困ったのが分かるように頭をかいた。 二人が言うように解散してしまった研究チームで生活してきたの存在は公ではなく、事実上アカデミー以前の記録は皆無だった。 イザークも腕を組み頷くしかない。そうなれば身寄りの無いは帰る所が無いのだ。

『でも、このまま施設や病院になんて・・・』

ニコルは視線を上げると眉を寄せてイザークとラスティを見た。 記憶が無いの事を軍医に報告したら、そのまま上に診断内容が運ばれることだろう。 そうなれば、ほどの力を持つ者はどうなるのだろうか。 記憶無くとも今まで通り軍に貢献するように整備士なりなんなりに配慮されるのか、 それともただの病人のように元の彼女に戻るまで手厚く施設で面倒を見て貰えるのか、それか、その逆で一生監禁生活か。

『・・・今のプラントは不安定だ。のような力を持つ者をプラントに任せるには危険かもしれない』

ポツリ、イザークが不安を口にした。 戦争が終わり政権が変わったことで自分の母親が拘束され、自分も戦争時に起こした件 ―大気圏で民間人が乗るシャトルを墜とした事―について罪状が来ている。 と、なれば隊長クラスで指揮を持たされていたも、何らかの理由で咎められるかもしれない。 あれだけ平和を望んでいた彼女が罪を背負うのも可笑しい話だが、それは道徳面であってプラントの方針ではない。

『じゃあ、どうすんの?任すところなんて無いじゃん』

ず、と諦めたように廊下に座り込んだラスティは、溜息混じりに呟いた。 誰に言うわけでもなく、どちらかと言えば無力な自分に文句を吐いているようにも聞こえる。

『・・・うちに、来て貰うのはどうでしょうか?』
『え?』

暫く考えていたニコルが、真摯な顔つきで二人を見る。 冗談を言うタイミングでも、気休めの嘘を言う性格でもない。 イザークは開いた口を塞ぐ事も忘れてニコルを見やる。

『うちの両親に説明したら、分かって貰えます。面倒、見れると思います』
『イザークは良いの?婚約者でしょ??』
『・・・俺、は・・・』

ラスティの問いに、イザークは言葉を濁した。
罪状が来ている自分は、この先平穏無事に生活出来ることは無いだろう。

『ニコルなら、任せられる・・・』

裁かれる日が自分が終わる日かもしれないのにを引き取るなんて事は出来ない。
イザークはグッと握った拳に気づかれないよう小さく言葉を紡ぐ。

『本当に良いの?』

イザークの我慢が読めたのか、拳に視線を向けたラスティが眉を下げた笑顔で問う。 いつもハキハキと話すイザークのキレの悪い返事は、納得していない証拠だ。 ニコルもそれが分かっているのか、ふっと、微笑む。

『やっぱり、イザークの・・・』



『あの・・・』

ニコルが何か言いかけた時、三人に声がかけられる。
ハッと驚いたような瞳を向けると、重い空気にあてられたが困惑した表情で立っていた。

『何か・・・飲み物が欲しかったんだけど・・・』

震える指は部屋を指している。本来なら見慣れた室内だろうが、今のには始めて見る部屋で、何処に何があるのか分からないんだろう。 誰かに聞こうと廊下を出てみれば話し声が聞こえ、寄ったところで重々しい雰囲気の三人が居た。

『・・・ごめんなさい、邪魔しちゃったね』

突然現れたが今の会話を聞いていなかったか、と言葉を返せないでいる三人にそう言うと、は部屋へ戻ろうと急いだ。 も三人の様子から自分が此処に居てはならないと言われているのが肌で分かる。

『待て、』

の表情から聞こえていなかったのだろうと分かったイザークは、 安心させるかのように逃げるの腕を優しく掴み、「今、教えてやる」と部屋へ誘った。 イザークを見上げたの表情は戸惑いが隠しきれずに居たが、イザークは構わんとばかりの強引さで引っ張る。

『僕たちは、もう少し此処に居ます』

無理に引かれるが後ろを振り返ればニコルとラスティはそう言って二人が部屋へ入るのを笑顔で見送り、その場からは動こうとしなかった。 ニコルもラスティも、何を話したわけじゃないけれど、 今、互いがどう言った行動をすれば良いのか同じように考え付いたらしい。 見合わせた視線は自然と笑顔を引き出す。
―ただ、二人が少しでも話をする時間を作ってあげたくて。



『・・・邪魔してごめん』

ボトルからゴクリと一口水分を含んだは、バツが悪そうにイザークへと言葉を向けた。 何を話していたのか分からないが、自分が来たことでピタリと止まってしまったのは確かだ。
後ろめたそうに上目使いをするに、小さく溜息を零したイザークが正面へと向きなおす。

『・・・お前がこれからどうしたら良いのか考えていた』
『私の事?』
『そうだ。お前の情報が一切無い。だから何処に帰して良いのか分からなくてな』
『・・・ごめん、皆に迷惑かけて』
『そう言う事を言ってるんじゃない。何処が一番適切な場所なのか俺達はちゃんと考えたいんだ』

イザークがあんまりにも真摯な目を向けるから、はボトルを手に持ったまま動けなかった。上手く言葉を紡ぐ事が出来ず、暫し沈黙が流れる。 何も持たない自分の眼が覚めた時にイザークから自分達の間柄は「仲間だ」と言われたが、 自分にはそんな記憶は欠片も無く、どうして三人がそこまで真剣に考えてくれるのか、正直違和感がある。 でも迫るように自分を見る瞳は堅実に重く、どうしても逸らすことが出来ない。 は視線を返すだけで精一杯だった。



『・・・、お前は此処に居たいか?』

困っているのは分かる。どうも答えられないのも。けれど何か反応して貰いたくて黙り込むに、イザークはポツリと問う。

『居たいのなら、無理は言わない』

思い出せない宿舎も、いつかは見慣れる。それに、クルーゼと培ってきた信頼の時間は此処、「ザフトで」、だ。 心の何処かで此処に居ることを望んでいるかもしれないし、 クルーゼを想って失った記憶は、クルーゼが居た場所を見る事で徐々に戻るかもしれない。 軍は危険かもしれない。自分達軍人ではと言う個人を守ってやれないかもしれない。 でも、決めるのはでなければならない。の、これからの人生だから。

『此処に・・・?』

はやっとの事で言葉を吐いた。イザークを見た後、その後ろの部屋を見回す。 知らない部屋、無機質で、あるのは3台のPCと壁を埋め尽くす本だけの部屋。

『そう言われても困るか。・・・何も分からないのだからな』

急かした事を悪いと言いイザークは嘆息する。 決めなければ始まらないのは確かなのだが、今のには難しい質問だ。 どうしたものかとドカリとイザークは椅子に腰掛け、ふらりと歩くを見る。
ぼんやりとした顔のはボトルをテーブルの上に置くと、変わりに傍にあった小さな鏡を手に取った。

『・・・こんな顔してるんだ・・・』

は鏡の自分に向かって話しかける。自分であって、自分だと認識出来ない、不思議な感覚。

『ん?』

その時、首元に光るものを見つけ、は手を伸ばした。

『指輪・・・?』

チェーンにつながれた指輪は紅い石がキラリと光り美しい。はチェーンから指輪を外すと、手のひらに乗せる。 右から左から、は指輪自体が珍しいとばかりの瞳でじぃっと眺め、イザークは黙ってそれを見る。 窓から入る光りを反射した指輪は眩しく、自然と瞳が細く歪められた。
それでもは何度も瞬きを繰り返し、手のひらで輝く石を見続ける。そして、

『・・・これ、誰かに貰った気がする』
『え?』

更に何か思いついたようで、がハッと顔を上げた瞬間、座ったイザークの身体が指輪の石のように固くなった。

『・・・大事な人、だったと思う・・・』
『・・・っ!?』

イザークは目を見開き驚きのままから視線を話せずに居るがはまた指輪に視線を戻すと優しい目でそれを見る。 その横顔は良く知っている以前の彼女の顔で、その表情が見たくて指輪を渡した過去の自分を思い出す。 確かに渡した時はとても喜んでくれた。どんな理由にせよ、自分が作り出した素直な笑顔だった。 でも、まさか全てを忘れたがこのタイミングで指輪を「大事だ」なんて言ってくれるとは。

イザークは眼前に手をあてて暫し暗闇に視界を投じる。
胸に湧き上がる感情を抑えるには、せめてこうしないと済まない気がして。



『・・・お前、うちに来いよ』
『・・・は・・・?』

一息ついたイザークは座ったまま強い眼差しを向ける。
と言えば不意にかけられた意味が理解出来ないのか、ぽかんとした顔でイザークを見た。 もう一度言って貰いたいのか、持つ鏡をゆっくりとテーブルに置いてイザークへと歩み寄る。

『心配するな。ちゃんと行きたい場所が見つかるまで、面倒見てやるって言ってんだ』

イザークもへとしっかり向き合おうと腰を上げる。
サラリと靡いた美しいプラチナブロンドはの瞳を奪い、ほんの少しの間、時が止まったかのように互いを見つめ合う。



『・・・良いの?』
『俺が言ってんだ。良いに決まってんだろうが。俺達は・・・「仲間」、だったんだから』



首を傾げるに、イザークは優しく笑いかけた。やっぱり傍に居てこれからのを見て生きたい。
微々たるものでも「自分」が彼女の何処かに在るのなら、いつか記憶が戻るかもしれない。 記憶を失うきっかけがクルーゼだとしても、「自分」の存在で戻ってくれるんじゃないか。
それなら、その望みに賭けてみたい。例え自分が裁かれる日が、直ぐ其処に来ていたとしても。



それまで、せめて少しの間でも、彼女と一緒に居たいから。







 * * *

「あれ・・・?」
「マイクロユニット、・・・か?」
「あれも知ってる!大事な人に貰った!!」
 (俺の指輪より嬉しそうに・・・っ!)
「・・・やっぱりお前、此処に残れ」
「ええぇ!?何で??」



お読み頂き有難うございました*これからも「キミトメグリアエタキセキ」をどうぞ宜しくお願いします!